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~楽塾ブログ~

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辻 洋子です。

1)辻 洋子(ふりがな)

2)2015年夏

3)毎年ワークショップに参加して4年間。
恒例行事がオーディションで、楽塾に入りたいとか考える間もなく
セリフ覚えだけが必死のワークショップを終えて、
オーディションに受かった通知に、私って受けてましたっけ? とびっくり。

 覚悟はなかったけれど、色々な要素の積み重ねで。
1976年の「現代用語の基礎知識」の演劇ページ下のはみ出し記事
「アングラ界の名女優御三家と言えば李礼仙、新井純、白石加代子だが演劇団の北村魚、赤星エミも台頭」
と書いてあって、早稲田小劇場を見てからアングラ女優を目指した私は将来のために有名アングラ劇団をかなり見まくりました。
が、看板女優が2人いる劇団に入るのは絶対不利と切り捨てて一本しか観なかったのでした。
塩野谷さんも一瞬惚れそうになったのに、小林薫の熱烈ファンになってしまって、流山児さんごめんなさいと思う少女時代。
 大駱駝艦、天井桟敷に10代で関わって、アングラは無理というトラウマを背負って
30年前くらいに流山児さんを飲み屋で見かけたとき、本当に体が凍るようで足がすくみました。
フラッシュバックというのは右脳が活性化しすぎる状態で、ビビビッという強烈な記憶として残るものでした。
流山児さんについていこうと思ったのも、この恐怖心からの「吊り橋効果」もきっとあります。
オーラは俺様的威圧感があったのに、上から目線の親分じゃないので。

 3年目のワークショップの「青ひげ公の城」はセリフ覚える苦労もなく、ただただ楽しくて。
本公演はボランティアでお手伝いをして、本番も4回ほど見たけれど、素人のワークショップの中高年パワーも捨てたもんじゃないってことを強く感じたのでした。
ここだけの話ね。レベルの高いキャスティングにも負けないところも確かにあったのじゃないかとかね。

http://www.ryuzanji.com/r-raku_serifu.html
「せりふの時代」2006年夏号 流山児祥+楽塾創立メンバーインタビュー。「演劇の原点へ」
この記事読んで共感出来たこともあり。

そんなこんなで色々書ききれないほどにまだあるのですが、考えてみたら稽古場が家にも会社にも近いし、なんだかんだと好条件でした。

10年以上のブランクはあっても、年間300ステージ以上の旅公演やった年もあるほど舞台慣れしちゃって、暗い芝居とか地味な芝居とか好きでネガティブな性格だし、楽塾でいいのかなぁみたいな…。
でもそれはそれってことで、2015年10月31日から11月1日まで下北沢「劇」小劇場で三島由紀夫の近代能楽集の「班女」の実子をやります。とてつもなくネガティブな役、思う存分に自分のネガティブ発散してから、「女の平和」に臨みます。まぁミュージカル女優にはないらいと決めてから大学一年のときには舞台芸術学院ミュージカル部に夜間在籍して結構楽しんでいたので、ミュージカルも嫌いじゃないのです。

人生やり残したことばかりやりたがる年頃といえば、アングラもミュージカルも青春でした。

4)めんどなことは、後回しにしてもめんどうなばかりですね。
洗濯機が壊れました。はめ込まれたドラム式なので、買い替えはサイズも限られてお金もかかるし
普通の洗濯機を置くには、工事が必要。
そんなわけで、洗濯板で洗濯して脱水機は別に置いてます。
洗濯もめんどうだけど、家も散らかっていて業者が家に入るだけでもめんどうなのよねぇ。
脱水機なしではシーツやバスタオルは無理です。脱水機が壊れたときには新宿に買いに行ってコロコロの台車で転がして持ち帰りました。新宿駅って案外階段使うし、本当にめんどうでした。
そして日々めんどう。
でも洗濯しながらでもセリフ覚えられるように風呂のドアとかあちこちに台本のコピーを貼り付けたりします。
家で台本開いたりコツコツ努力するのは苦手なので、勝手に開かれて目に入る台本というのは便利で楽チン。
ああ、なんて長文を書いてしまったのでしょう。長い期間のことを考えていたので時間がかかりました。
こういう時に、全部書いたものが消えたりしないで良かったと胸をなでおろしております。
ここまで読んでいただいた方、本当にありがとうございました。
もう読み返すのがめんどなことなので、無責任に終わります。
写真もちょっと恥ずかしいサイズでそのまんま載せておきます。
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by rakujyuku | 2015-09-23 14:59 | 楽塾メンバー | Comments(0)
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